『犬のための食育』は、飼い主さんのための食育です。

野生の犬は、虫や草や小動物を捕獲して、小動物の場合は毛皮以外のすべてを食べていたと思われます。
捕獲した草食動物の胃の中には、よく咀嚼され、消化され、発酵した植物が入っていて、肉食動物はその部分から必要なビタミンやミネラル、繊維を効率よくとっていました。
生の小さな骨はカルシウムを補給し、筋肉は良質のタンパク質を補給し、内蔵はミネラルを補給しました。
一物全体を食べることによって、カルシウムとリンとマグネシウムの微妙なバランスや、その他の様々な栄養素のバランスが保たれていたのです。

今では、家族の一員となった犬たちに肉を食べさせてあげるには、食品店で購入するカットされた部位別の肉しかなかなか手に入りません。
それらの肉は、幼いころから病気に感染しないように抗生剤の注射を打たれつづけ、早く大きくなって効率よくたくさんの肉がとれるように成長ホルモン剤の注射を打たれつづけ、F1の穀物を食べさされつづけた家畜の肉である可能性が限りなく大きいものです。
それでも、ヒトのために食品店に並ぶ肉は薬剤の残留値をチェックされ、安全と判断されたものだけがならんでいる(はずな)のですが、最近ニュースになったように、偽装された肉が出回っているのも事実ですね。私たちには信じるしか確かめようがありません。
歴史を見る限り、安価なドッグフードに廻される肉は、これらの検査に不合格で、ヒトには販売できないと判断されたものがほとんどでした。
そうでないと、ホームセンターで価格競争をするような値段で売れるはずがありません。

犬の栄養についてよく考えてみると、犬というのはヒトよりもはるかに多くのタンパク質を必要とします。そのかわり、炭水化物ははるかに少なくてよいのです。要するに、牛丼に例えると、ヒトにとって美味しくて健康にも良い比率が『ごはん7:肉と野菜3』くらいなのに対し、犬にとって良い比率は逆の『ごはん3:肉と野菜7』くらいだということで、そうすると必然的に、同じ材料を使えば、犬の食事の方がヒトの食事よりも高価になってあたりまえだということがわかります。
そうもいかないので、なるべく安価な材料を探していくと、コマーシャルベースに乗るものとしてはヒト用に不合格であったために廃棄処分されるような肉や、ヒトが食べない部位を使うしかなかったということでしょう。
肉だけに限らず、油脂や野菜、穀類にも同じことが起こっていました。
レストランの廃食油、売り物にならない野菜やトマト水煮缶詰工場が廃棄するトマトの皮、古かったりカビが生えて売れなくなった穀類。
そういった材料を使ってでも、化学的に分析すればタンパク質、脂肪、炭水化物、ビタミン、ミネラルというように%で分けられます。
例えば、オメガ3がたっぷりの良質なサーモンオイルも、レストランで揚げ物にさんざん使われたあとの酸化したラードも、商品のラベルには同じ『脂肪』という栄養素で表示されます。

だけど、どんな栄養素もお腹の中に入れてしまえば同じなのではありませんね。
お腹の中に入ってから、どれだけ消化・吸収されるのか。
胃や腸の壁を透過して体中に取り込まれたときに、その油脂のクオリティの違いがどのように身体に働くのかを想像してみてください。
サラサラの、栄養たっぷりの脂肪酸は、肝臓や血液や身体のあらゆる組織に浸透してその働きを助けたり、細胞に弾力性を持たせ、皮膚や毛に働きかけてつやつやの健康的な皮毛を作ります。
が、ベトベトの酸化しきった飽和脂肪酸は、腸壁を透過できずに腸内にたまり、病気の原因になったり、透過できたとしても血管のちょっとした凹凸にひっかかり、血液の循環を悪くし、肝臓や腎臓はそれらをうまく処理するために疲弊します。
タンパク質や炭水化物など、すべてにおいても同じことがいえるのです。

どんなドッグフードも、『完璧な栄養バランス』だとは思えません。
同じものを食べていても病気になる犬もいれば、健康な犬もいます。
皮膚だけが具合わるくなる犬もいれば、腎臓が悪くなる犬もいます。
要するに、生きものは個体によって全部違うのだということです。
しかも、一生同じものを同じバランスで食べ続けるというのも、身体には負担がかかるし精神的にも良くないですね!
ご自分だったらどうですか? 想像してみてください! 犬も同じように感情をもっている生きものです。あなたが可愛がって話しかければ話しかけるほど、犬はあなたの気持ちを理解し、あなたと生活パターンを合わせて生活します。

そんなことがだんだん世の中に知れ渡り、50年程も前にドッグフード会社が大々的にアピールし、人々が信じた『ドッグフードが完璧』『ドッグフード以外のものを犬に食べさせてはいけない』という考えが、徐々に崩壊してきました。
そして、嬉しいことに最近では『人間が食べても安心な材料を使って、自分の犬には自分でごはんを作ってあげる』という習慣が広まりつつあります。
私は、単にドッグフードが広まる前の昔に戻っただけのことだと思っています。
昔と決定的に違うのは、犬の栄養学があの頃よりは発達し、彼らの食性にあった食事を用意してあげることができるようになったということです。

ヒトが十分に食べられない国だってあるのに、犬にそんなに高価なものを食べさせるなんて! という言葉を何度も聞いたことがあります。
もちろん、食料問題で犠牲になっているヒト、特に子供たちを助けることは重要です。
だからといって、食べられない子供たちにドッグフードのような材料と製法の食料を送ったりはしないはず。
今、自分の目の前にいる、家族の一員として生涯責任を果たすと決めて共に暮らし始めた犬にも、最低限の生きる源である食べ物は責任をもって用意してあげるべきだと私は考えています。
ヒトの趣味と、金銭の対価としてブリーディングされ、この世に命を授かった犬たちに、きちんとした食べ物を与えてあげるのは当然の義務だと思うのです。
もちろん、自分の食費を削ってでも、というのではなく、毎日のことですから、個人個人の事情に合った適度なクオリティのものを与えてあげてほしいのです。
決して高価なものが良いのではなく、『安全で、犬の食性や身体のしくみにマッチした材料と調理』が基本なのです。

犬のごはんを作り始めたら、きっとヒトは自分たち人間のごはんについても、もっと考え始めるでしょう。
そして、犬のごはんは、ヒトの赤ちゃんの離乳食にも似ていることに気づかれることでしょう。
今まで食品の表示を見ずに買っていた商品も、思わず細かくチェックしたくなり、疑わしい添加物のたくさん入った食品を買うのを敬遠するようになるかもしれません。
地球の時間は変わっていないのですが、なぜか世の中は忙しくなり、少しでも時間を短縮するためか、または労力を惜しむのか、はたまた只ただ面倒くさいからなのか、インスタントの食品がたくさん出回っていますが、赤ちゃんや犬に、なるべくそんなものを食べてほしくないと思い始めるかもしれません。
すると、自分もコンビニ弁当を買うときに、ふと「これでいいのかしら?」と思う機会が増えるかもしれません。
家族が食べるものにほんの一手間かけるのは、安心と安全と美味しさを獲得するためには少しも惜しくないと、わたしは考えています。
お料理が得意でなくても、キライでも、ものを作る喜びと、犬が食べてくれて喜んでもらえた時の喜びは人類共通のものだと思うのです。
犬は滅多に文句を言わずに食べてくれるでしょうから、ヒトのために作るよりもやりがいがあるかもしれませんね!

    ※パルコ出版『Kitchen Dog! 270Daily Recipes』南村友紀:著 より抜粋